Watsu in Japan

日本のWATSUについて

2020.03.01
小笠原 徹

現在、日本には「WATSUを教える」講習を行う会社が2社存在します。1つは当社、合同会社アクアセレニティが運営する沖縄WATSUセンター(OWC)。もう1つは、横浜のアクアダイナミックス研究所、通称: ADIです。

WATSUは、創始者である故ハロルド・ダール氏が創設した民主的会員組織であるWorldwide Aquatic Bodywork Association(WABA)「世界水中ボディーワーク協会」が、全世界共通ルールで資格の運用や講習の体系を定め、全会員の単位を記録、資格を認定し、登録商標の管理を行っています。

ところが、非常に残念ながら、ADIは2008年にWABAを離反して独自にWATSUを営業し始めました。これによって日本では、WABA認定校であるOWCと、単独のADI、2つのWATSUが存在することになってしまったのです。
ADIの単位はWABAでは認められず、その資格も海外では通用しません。むしろ海外では訴訟を受ける可能性もあります。

この事情について私たちは、他社の悪口を言うようなことははばかられるため、これまでは積極的に説明はしてきませんでした。しかし昨今、「WATSUはハロルドと自分(今野氏)の共同合作」「WATSUはADIが所有する商標登録」など、事実に反した今野氏の発言を耳にするようになり、いったん私たちが知る事実を明確に説明することが、OWC会員の皆さん、これからWATSUを学ぼうとしている方々、また世間一般にWATSUに関心のある方に対しての責務だと感じました。
小笠原は2017年以降、WABAの理事会直下のESAC「教育水準諮問委員会」の5人の委員の一人としても、WATSUの世界的な教育水準の普及と向上のために活動してきました。WABAの中核でもADIの問題は何度となく議題に上がっていて、非常に憂慮されている問題です。WATSUとWABAの名誉を守るためにも、この投稿を公開させていただきます。

WABAの正式な一員として、
WATSUの道を歩んでください。

これまでの経緯を説明する前に、これからWATSUを学ぼうとしている方々に、WABAを代表してお願いいたします。

WATSUを学ぶなら、WABA認定校で正規のトレーニングを受けてください。

ADIが行っているWATSUは、講習内容も、インストラクターも、資格の認定についても、WABAが世界に求めているレベルに達していません。ADIでWATSUを教えるインストラクターは、WABAの正規のインストラクターのトレーニングを受けていないばかりか、プラクティショナーとしての条件も満たせていなくて、セラピストとして十分な施術経験もない状態ですが、ADIの指名を受けて講習を担当しています。(おそらくはその方々本人は、本来の姿を知らされていないので、そういうものだと思ってやってらっしゃるだけだと思いますが。)
そもそもADIは、WABAからその点を改善するように勧告されて、反発してWABAを離反したのです。WATSUの創始者とその伝統を守ってきたWABAに背を向け、その技術を我が物かのように独自のルールとレベルで行うADIの営業は、決して推奨できるものではありません。

WATSUというのは、非常に奥深くて、本当に素晴らしいセラピーです。表面をなぞるような学び方でもその素晴らしさがわかると思いますが、勉強を続ければ驚くほど人の心と水の関係性には奥行があり、それに応じた髙い技術と崇高な精神があります。

WATSUをするなら、世界標準のWABAの正式な一員として、WATSUの道を歩んでください。

また、2017年以降、ADIはWATSUの商標登録を所有していません。経緯は後に詳しく話しますが、特許庁のデータベースがWEB上に公開されていて、商標を検索できるようになっていますので、調べてみれば商標として存在しないことがすぐにわかります。WABAの一員として日本でWATSUを学び、営業をする上で、ADIから法的な措置に訴えられることは一切ありませんので、どうぞご安心なさってください。

ここから先は、これまでの経緯についてご説明します。これからWATSUを始められる方にとっては少しヘビーかもしれませんが、本当に大切なことはすでに書かれた上述の通りです。それでも少し釈然としない場合には、下記を読んでみてください。
WATSUをやってきた方々も、これまで様々な情報を耳にする中で、ときどき疑問に思うことがあっても、あまりにセンシティブ過ぎて聞けない、ということがきっとあったと思います。ここで公開する情報が、少しでも疑問を晴らしたり、自分の判断基準をクリアにするために、役に立てば幸いです。

時系列の流れ

1992ハロルド・ダールが、初めて来日してWATSUの講習を開きました。
その時の講習主催者がADIでした。

アクアダイナミックス研究所(ADI)は、スイミングやアクアビクスほかプール運動を教えるインストクターの研修を行う会社です。

1995ハロルド・ダールが二回目の来日をしてWATSUの講習を開きました。
この時、ハロルドはADI代表の今野氏をWATSU-1インストラクターに任命しました。

当時はWATSUが世界的な広まりをみせた時期で、WABAの内部でも資格制度の運用がまだ未熟だった時代でした。先頭をきってWATSUの伝道師を務めていたハロルドは、普及の先々でキーパーソンと見られる人々を、十分なトレーニングをせずにインストクターとして任命していました。

(今野氏を除いて、この頃に任命を受けた世界中の他のインストラクターの方々は、後に現在のWABAの基準になっているトレーニングを受けて条件を満たし、インストラクターとしての資格を更新しています。)

あまりこの業界に馴染みのない方に説明すると、WATSUはセラピーですので、WATSUを学ぶ最初の目的は「セラピスト」になることです。そのトレーニングを行うのが「インストラクター」です。今のWABAの規定では、セラピストになってインストラクターになるまで最低でも4〜5年はかかります。
一方、スポーツクラブ等では、一般の方々に運動を指導する人のことを「インストラクター」と呼び、さらにそのインストラクターを教える講師職が存在します。
2つの業界では、「インストラクター」の意味合いが少し違います。

1997WATSUが日本および国際的に商標登録されました。

今野氏は、ハロルドに対してWATSUの商標登録を提言し、ハロルドの代理人として先行して日本での商標登録を行いました。ハロルドは帰国後、マドリッド協定に則ってWATSUの国際商標登録を行いました。

一方で、ADIではWABAの日本事務局を名乗りながらも、WABAのルールとは関係なく独自のルールでWATSUの資格を運用していました。

  • WATSU-1を修了すれば、WATSU-1の技を使って営業ができる。WATSU-2を修了すれば、WATSU-2の技で営業、という具合です。(しかもWATSU-2は3日間) このシステムでは、プロとして顧客に施術するにはあまりに不十分な技量であることは、WATSUを勉強した方であれば明らかです。
  • WABAの単位は世界共通なので、WATSU-1を習ったら、次に他の先生でWATSU-2を学ぶこともできます。しかしADIでは、他で習った単位は認定しません。アメリカですでにWATSUを習っていた小笠原も、ADIに入るならWATSU-1から、と言われました。
  • フリーフローという実践的な技術は、基礎技術の次に学ぶ高等技術であり、プロとして顧客に施術をする上で必要不可欠なのですが、今野氏はその存在を否定し、基礎技術であるWATSU-1とWATSU-2の講習だけを繰り返しています。
  • WATSUの単位を維持するためには、ADIの会員であり続けなければならず、そのために何回も同じ講習を受け続けなければなりません。
  • インストラクターに任命されている今野氏が講習の際に直接教えるわけではなく、WABAの基準では何の資格も持たない他の方々に教えさせています。

2001小笠原がアメリカから帰国。今野氏に会う。

2001年まで小笠原はアメリカに住みアメリカでWATSUを学びました。日本に帰国したときに、これから日本でWATSUを盛り上げていきたいと夢をもって今野氏にご挨拶に行きました。今野氏は快くお会いくださったものの、内容としては、WATSU-1から始めなければならない等、小笠原にADIに関わってはほしくないという雰囲気に満ちていました。あまりにWABAとかけ離れていたために唖然としましたが、言い争ってもしかたないので、自分は自分、WABAのルールに則って自分の道を切り開いていこう、と心に決めました。

2007今野氏がWATSUの商標を不正に更新
無断で商標の名義をアクアダイナミックス研究所に変更

2000年代、WABAの内部では変革が始まっていました。
1980年にWATSUが生まれ、90年代にはハロルドが先頭に立って世界中にWATSUの普及に努め、急成長を果たしました。世界中から様々なエキスパートが参画することによって、技術的にも大きな進化を遂げました。世界中に広がったWATSUでしたが、一方で、世界中の会員を統率し発展するための運営体制を強化する必要に迫られていました。そこでハロルド自身が組織作りに取り組み、民主的な意思決定をする会員組織として、しっかりと制度を標準化・透明化して、世界的な組織として通用する運営体制を確立しようとしていました。

その中で、日本のADIの独自ルールが問題になりました。WATSUの正規の資格を何も持たない人にWATSUを教えさせ、十分な講習をしないで資格を認定しているのは、世界の中でも日本だけだったのです。
WABAは、ADIに対して勧告を出し、業務改善を依頼しました。

  • 日本でWATSUの講習を教えるインストラクター全員に、正規のインストラクタートレーニングを受けてもらうこと。
  • 資格の運用を世界標準にあわせて変更すること。

WATSUのインストラクターになるには気の遠くなるようなプロセスがあります。

  1. 500時間の規定教育を修了してプラクティショナーの認定を受ける。
  2. 少なくとも1年間はプロとしての営業実績を踏み、年間に80本以上のセッションを行う。
  3. 通算で3回、生徒としてWATSU-1を受講する。
  4. これで初めてATC(アシスタント・トレーニング6日間)を受講することができます。
  5. ATC後、他のインストラクターのWatsu-1を3回アシスタントとして参加する。
  6. これでITC(インストラクター・トレーニング10日間)を受講することができます。
  7. ITC後、他のインストラクターと共同でベーシックWATSU(2日間の初級コース)を3回教える。
  8. ESAC(WABAの教育基準委員会)の審査を受けてベーシックWATSUインストラクターの認定を受ける。
  9. 独立してベーシックWATSUの講習を3回教える。
  10. 他のインストラクターと共同で、WATSU-1を3回教える。
  11. 監査役のインストラクターの前で、WATSU-1を単独で教えて評価を得る。
  12. ESAC(WABAの教育基準委員会)の審査を受けてWATSU-1インストラクターの認定を受ける。

これで晴れてWatsu-1インストラクターになれるのです。
さらにWatsu-2のインストラクターになるには…

  1. Watsu-1のインストラクターとして、少なくとも年に5回WATSU-1を教え、3年の経験を積む。
  2. Watsu-2の生徒としての受講を通算3回。
  3. Watsu-2のアシスタントして受講を3回。
  4. 他のインストラクターと共同でWatsu-2を3回教える。
  5. 監査役のインストラクターの前で、WATSU-2を単独で教えて評価を得る。
  6. ESAC(WABAの教育基準委員会)の審査を受けてWATSU-2インストラクターの認定を受ける。

ADIでWATSUを教えているスタッフはもちろん、今野氏自身も、インストラクターどころか最初の1歩のプラクティショナーの要件でさえ満たしていない状態です。
WABAとしても、ADIルールがあまりに世界標準からかけ離れているため、型通り規定を押し付けるのでなく、なんとか折衷案で折り合いをつけようとしていました。

WABAの勧告を受けたADIは、岐路に立たされました。
世界標準に合わさなければならないものの、世界標準に合わせるにはあまりにかけ離れており、それをADI会員に説明をつけるにも、今までに説明してきたこととまったくつじつまが合わなくなるのです。
「今まで通り自分たちのルールでWATSUをやりたい」と後々まで今野氏がハロルドへのメールで書いているように、世界から離れ、時計の針を戻してほしい、という願いが強かったようです。

そんなさなか、10年に一度のWATSUの商標の更新時期がやってきました。

ここで今野氏は驚くべき行動に出ました。

WATSUの日本での商標を10年更新する際、ハロルド・ダールの名義から、アクアダイナミックスの名義に無断で変更してしまったのです。

1997年の最初の商標登録のときに、ハロルドが今野氏に渡した委任状を使ったものと思われます。
今野氏はハロルドにそれを通達することもなく、商標が更新された段階では、WABA側の誰もその事実を知りませんでした。

2008小笠原がWATSU-1インストラクター認定。WABA認定校を開設。
ADIがWABA離反。

翌2008年、小笠原がWatsu-1インストラクターになり、WABA認定校を開設しました。
これに反発したのが、今野氏でした。
(ハロルドと今野氏の間で交わされたメールの記録が残っています。)

今野氏は、そもそも「WABAの窓口は各国に1つだけ」という考え方に固執していました。WABAが小笠原に認定校を開かせたということは、「WABAは小笠原を日本のリーダーに指名した」という印象をもったようです。
しかし、WABAからすれば、そもそもADIに独占権を与えてはいないですし、小笠原が世界標準に則ってインストラクターの認定を受けて認定校を開いたというだけであって、小笠原に新しいリーダーとして独占権を与えたわけでもありませんでした。WABAとADIの認識には大きな隔たりがあったのです。

今野氏は、WABA離脱を宣言しました。
それも、WATSUをやめるという意味ではなく、ADI独自にWATSUを続ける、という宣言です。

今野氏は、ADI会員全員に文書を送りました。ADIのWABAにおける役割は終わったのでWABAから離脱し、これからはADI独自にWATSUを続けていく、ハロルドはそれに合意した、というのです。(もちろん「ハロルドが合意した」というのは事実ではありません。)

商標をすでに自分の名義にしてあったからこそできたことです。
とはいえ、ADI会員の中でもWATSUは「ハロルドが作ったもの」「WABAのもの」という認識はあったので、事情がまったく飲み込めなかったようですが、ADIの中では、その疑問は晴れないまま時の流れに埋もれていったようです。

この段階ではじめてWABAサイドは、今野氏がWATSUの名義をADIに変更した事実をつかみました。

ハロルドは、ADIがWABAを離反してWATSUを続けるというニュースを聞いて、「話が違う」と驚いていました。その数ヶ月前にハロルドは今野氏と会って話をしてたのですが、WABA離脱の話ではまったくなかったのです。さらにそこに、小笠原からの知らせが追い打ちをかけました。「商標の名義が変わっている」と。

ハロルド自身が交渉役となり、ADIと折衝を続けました。

まずは商標の名義について、

名義はADIに変更したものの、あくまでハロルドの代理人として商標を管理しているだけであり、ハロルドからの正式な書面なしに商標の権利を行使することはない。

という合意書を今野氏と交わしました。

次に、なんとかWABAに残留するように様々に交渉しましたが、今野氏が、WABA離脱を取り下げることはありませんでした。

ハロルドとのメール記録から分かることは、今野氏は、以下の点に固執していました。

  • WABAの日本の窓口はADIのみにすること。
  • 小笠原を日本のWATSUのインストラクターとして認めない。
  • 小笠原の認定校をWABAの窓口として認めない。

今野氏は、これらの主張を「ADIメンバーの総意」としてハロルドに要求し、今野氏自身は意見調整役として振る舞っているかのように、ハロルドに説明していました。ハロルドが何度も「WABAは、ADIにも、小笠原にも、独占権を与えているわけではない」と説明し、ADIメンバーにあてた手紙も書きましたが、今野氏は「メンバーが納得しない」と、その主張を変えませんでした。ハロルドは、この要求がADIメンバーのものではなく、今野氏自身の要求であって、今野氏はそれ以外の方法でWABAでやっていく考えはないのだ、と悟りました。

それからしばらくWABAサイドでは、商標を取り返すべく日本で訴訟を起こす準備まで進んでいましたが、結局のところ、ハロルドと今野氏は旧友でもあり、費用も大きくかかるために断念せざるをえませんでした。唯一、ハロルドのWATSUの著作本の中から、今野氏が手がけるAi-Chiについて書かれていた一章が丸ごと削除されただけでした。
こうして「2つのWATSUがある国」となってしまった日本で、私たちも困ることがないわけではなかったですが、ハロルドと今野氏の関係性も理解していましたし、ハロルドがしょうがないって言うなら、しょうがない、と事態を受け入れてきました。

2017日本におけるWATSUの商標が消滅。
ADIは商標の3回目の更新はしませんでした。

ADIはいまだに「WATSUはADIが所有する商標登録」と主張していますが、特許庁のHPで調べればすぐにそれが事実と異なることだとわかります。そもそも、前述の通り、自分の名義で所有していた10年間であっても、あくまでハロルドの代理人であり、ハロルドの書面なしに商標権の行使はできなかったのです。いずれにしろADIは現在、WATSUに関して何の権利も所有しておらず、商標権を行使することもできません。

現在でも、ADIはWABAに加盟しないでWATSUの営業することを正当化しています。
2019年8月に今野氏が公表した文書でも、2008年のWABA離反についてこう書いています。

WABAの第一幕の終了でした。第二幕の始まり、それを機にアクアダイナミックス研究所のWABA事務局も終了。「新しい酒は新しい革袋へ」とのハロルド氏の提案でした。

まるでハロルドの勧めがあってWABAを離脱したかのような表現ですが、前述の通り、ハロルドが今野氏と話した内容は違いました。今野氏が、小笠原のインストラクター認定とWABA認定校についてハロルドを非難していたのに対して、ハロルドは、WABA事務局のような独占権をもつ機能はWABAは認めないとした上で、ADIも同じように認定校として続けていくか、認定校をやめて今野氏がインストラクターとして単独で教えていくか、どちらにしてもWABAの一員として継続することを希望する、と言ったのです。今野氏のWABA離脱宣言後も、ハロルドは今野氏に対して、「訴訟は避けたい」「離脱するならAi-chiの章をWATSUの本から外さなければならない」「WATSUを続けるならWABAに戻ってほしい」とメールを送っています。

ハロルドの名誉のために明言します。
ハロルドは、ADIがWABAに離反してWATSUを続けることを許したわけではありません。

ADIは、WABAに加盟せず、ハロルド一家やWABAの運営費用に充てられるべきフィーを支払うこともなく、公然とWATSUの営業をしています。(ちなみにWABAの理事や委員会はすべて無報酬のボランティアで運営されていますが、国際商標や、組織やウェブの管理費に費用を必要としています。) WABAの理事会でも、ADIの問題は十分に認識されており、動向を注視しています。

この記事は、あくまでWABAから見て、またリアルタイムでハロルドと今野氏のやりとりを見てきた私たちの立ち位置から、見えるストーリーです。立ち位置によって見えるストーリー違うでしょうし、違っていいと思います。ただ、自分自身の判断が必要になったときは、ちゃんと自分で咀嚼した情報に基づいて、自分の価値観にあてはめて、ご自身の選択をしていただきたいと思います。この記事がそのための役に立つことを願っています。

なにかご質問がある方は、どうぞご遠慮なく info@watsucenter.jp にメールでお問い合わせください。