ハービンでの修行の続きが、なかなか書けません。
多分、ボクはまだ上手く消化できていないんでしょう。
やっぱりハロルドという人は、何年かに1回でもいいから、
WATSUを学ぶ価値がある人物なんだと思います。

ハロルドという人は、本当にどこまでも明るく、軽く、創造的な人です。
自分を飾ることがなく、常にオープン。

もろにそれがWATSUに出ている。

それは偽りのない姿。

ハロルドという男の存在感が、イコール、彼のWATSUの印象になってます。

それが今回とにかく印象的でした。
技術や専門性というものは、人格を消してしまうことがよくあります。
逆に言うと、技術で人格を「隠せる」…
それは別に間違っていることではない。

ただ、ハロルドはそうじゃない。

それは、単にハロルドがWATSUを作った張本人だからそう感じるのか。
それともハロルド自身が自分のあり方に取り組んできた結果そうなったのか。
今回、改めて、Doing より Being を重視する
WATSUの教えの意味を考えさせられました。

また、セラピストの存在感 Being を大事にするワークだからこそ、
クライアントにまず受け入れてもらうための基礎技術を磨くことが
何よりも重要なんだと強く思いました。

WATSUでいうと、ヘッドサポートです。

ボクがインストラクタートレーニングで学んできたテリー・トーマス氏は、
ことにヘッドサポートにかけては半端なくうるさい人。
彼女は極めて理論的で、すべてが理にかなっている。
なぜそうする?なぜそうしない?
すべての「答え」を持っている人です。
事実、彼女の講習では、首が痛くなる人は一人も出ない。

ボク自身も、技術面で本当に勉強になりました。
自分のWATSUが一つも二つもレベルが上がったと思います。
それはセッション後のクライアントを見て、自分で確信できるほどの違いでした。

で、今回、ハロルドの所に戻ってきて、何を感じたかというと、

葛藤でした。

技術としてはテリー流に教えてあげたい。
でもハロルドの価値はそれを超えている。
実際にハロルドのデモを受ける。
ハロルドの動きを見る。
エネルギーを感じる。
水の中の時間をシェアする。
こうした時間は、決して永遠のものではないし、すごく貴重なもの。

でも、受講生はヘッドサポートをコントロールできていない。
自分やクライアントのアライメントに注意がいっていない。
受講生自身、何かうまくいかないフラストレーションを感じてる。
それでも講習はサラサラ~と進んでいってしまう。

ハロルドのWATSUがそれらをできていないわけではないんです。
彼は天才的にできてしまう。
ただ、注意すべきことを注意しなかったり、
ちゃんとハロルドのような天才でなくてもできるようなやり方を教えてあげないと、
ほとんどの人にはできないもんなんです。
形や順番ばかり追いかける形になってしまう。

口をはさみたい衝動を抑えながら最初の3日間が過ぎました。

そしてなんと3日目でほとんどのWATSU-2の技を教え終わってしまった。。。はやっ!
後は繰り返し練習をして身体に刻んでいくだけ。

でも、ボクが見たクラスの現状は。。。形だけしか追いかけてない。。。
アライメントを整え、効果を出すコントロールをする術を、受講生は知らない。
でも、それをテリー流にやろうとすれば、全部やり直すしかない。

でも4日目は終日練習。
これはチャンス。
ボクがちょっとでしゃばって微調整しても差し支えないはず。
今ならまだクセがつく前に直せることもある。
これまでの講習を変えることはしないで、
少し「足す」だけ。。。
一人ひとりの受講生の許容範囲のものだけ。。。

ここぞとばかり、全員の周りを回ってコーチしまくりました。

メキメキと 確実に差が出てきました。

受講生から「目からウロコ」 いただきました。

「アハ!体験」 人を教えていてこの瞬間ほど嬉しいことはありません。

受講生のみなさんは、これまで口を出さなかったボクの口から
出てくるアドバイスを積極的に聞いてくれました。
細かいニュアンスは、逆に言葉にしようとせず、
やって見せたり、例えて見せるようにしました。

これが良かった。

「男性のワツラーで最も優雅な動きをする男」

実は、こんな栄誉な褒め言葉を別のインストラクターからいただいていました。
受講生からも、ボクのデモを見ているだけで
身体の使い方、水の使い方が参考になると褒められていました。

ふと気づいたんです。
「そっか やっぱり今までしゃべり過ぎてたんだ」
もっと自分の身体に染みついていることを信用して、
見せればいいんだ。

ボクは、日常会話でもビジネスでも、英語を難なくこなしますが、
けっこう身体の動きを瞬間的に言葉にするのは英語ではとても難しい。
それが逆に良かった。

いろんな意味でいろいろ考えさせられました。

収穫も少なからずありました。

インストラクターとしての自分の自信にもなりました。

WATSUが生まれてもう30年以上。
今では様々な専門をもった人が世界中でWATSUを教えています。
はじめは、ハロルドのWATSUが The Watsu であったものも、
今では非常に高いレベルで独自の進化を遂げているWATSUが
いくつかあるのも事実です。
また逆も然り。
ハロルドのWATSUを知らないまま、WATSUの教育を終了してプロとしてやっている人も
当然ながら世界にはたくさんいらっしゃいます。

全然間違ってない。

でもボクは、改めて思いました。

時間の許される限り、ハロルドのWATSUに触れていたい と。

やっぱり、できる限り毎年、ここに戻ってこよう と。

巡礼の旅も悪くないだろう と。